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丁字戦法とは何であったか 

2006年05月27日 ()
五月二十七日です。第百回海軍記念日です。
イラストでも描ければ甲型工廠のトップ画に「三笠」を置いてやりたいところですが、そんな技術ないんで色々と思う事を書き綴ります(ぉ

さて、今を去ること101年前、バルト海から長躯遠征してくるロシアバルチック艦隊を、日本連合艦隊が対馬海峡にて真正面から迎撃するという歴史的大海戦が生起しました。日本海海戦です。
迫り来るロシア艦隊は戦艦八隻、装甲海防艦・装甲巡洋艦四隻を基幹とする大兵力であり、これに対して連合艦隊は戦艦四隻、装甲巡洋艦八隻が中心戦力でした。この当時は魚雷ですらも補助兵力としか認識されておらず、海戦の勝敗を決するのは大口径砲を搭載した戦艦での砲撃戦だけであると信じられていたのです。
この前提に於いて、日露両艦隊の戦力差は実に一対二とロシア側に圧倒的な優位がありました。無論、世界の世論はバルチック艦隊の勝利を疑いませんでした。

しかし、歴史に見るとおり、海戦は始終日本艦隊が主導権を握り、バルチック艦隊はその保有する戦艦の全てを失い、壊滅的な打撃を受けて敗北しました。対する日本海軍は水雷艇三隻が沈没したのみで、余りにも一方的な勝利だったのです。
そして、この戦果を実現したのが、後に東郷ターンと呼ばれる敵前大回頭でり、この敵前大回頭を一般的に「丁字戦法」と称しているのは承知の事実です。

はい、ここまでは一般論。
私はどうにも性根が腐っているようで、一般論には一々疑問を挟まずにいられない性質なんですが、この「丁字戦法」についても、以前からそうした関心ごとの一つであった訳です。

では、そもそも丁字戦法とは何であったのか。
それは、以下の図のように互いの単縦陣でもって丁字を描くと、味方艦が主砲力の全力を投入できるのに対し、敵艦は艦首の主砲しか射撃できないから砲力発揮上甚だ有利である、との考えから生まれた艦隊運動の一種です。
丁字戦法の概略

しかし、本当にこんな事が可能でしょうか。
そりゃぁ、止まっている戦艦同士なら可能かもしれませんが、砲戦に於いてはお互いが高速で運動しているのです。両艦隊の相対的な位置関係も刻々変化する訳で、丁字を描いたにしてもそれは一瞬でしかありません。
敵艦隊の挙動

このように、次の瞬間には丁字は崩れてしまいます。相対的に運動している限り、互いに直進しても丁字は崩れるので、事実上丁字を維持するのは不可能と言えます。
唯一可能とすれば、常に反転を繰り返して敵艦隊の頭を抑える方法がありますが、これは余ほど艦隊運動に熟練している必要があり、また回頭のたびに速力を減じて敵艦隊に主導権を与える結果になりかねません。
常に敵艦隊の頭を抑える

事実、黄海海戦に於いて、連合艦隊はロシア旅順艦隊に対して上記の運動を以て丁字戦法を実施しましたが、旅順艦隊は一斉回頭の間隙を突いていとも簡単にこの包囲を擦り抜け、連合艦隊の意図した丁字戦法は失敗に終わっています。

しかし、これに対して反論も当然あると思います。
黄海海戦で失敗したからこそ、日本海海戦ではその戦訓を活かして完璧な丁字戦法を実施したのだ、と。
これを考える上で、最も簡単な方法は、当時の艦隊運動図を見ることです。
このページの下のほうに、双方の艦隊運動の軌跡を簡略化した図が掲載されていますが、これを見る限り、どうにも丁字を描いているようには見受けられません。また、「ビッグマンSP 連合艦隊[上巻]勃興編」(世界文化社)という書籍に掲載されている、より詳細な艦隊運動図を見ても丁字を描いているとは思えません。
一部のサイトでは、「丁字と言うよりイの字に近いが、基本原理は同じである」といった趣旨の評価もなされていますが、果たしてそうでしょうか。

下記のサイトをご覧下さい。ここの「丁字戦法」の項に掲載されている動画が理解の手助けになるでしょう。
http://www.z-flag.jp/suigun/naval/tsushima_war.html
この図を見るに、これは丁字を描こうとしたと言うよりも、同航戦を挑もうとしていると言った方が的確ではないでしょうか。
つまり、敵前大回頭とは、反航戦の態勢から強制的に同航戦に持ち込む為の機動であったと見る事が出来るのです。
確かに回頭中の一時期、前述のように「イの字」を描いたような態勢に見えなくもありませんが、それにしても、これは二時八分から十一分にかけての三分間でしかなく、これを丁字戦法と呼ぶ事が出来るのでしょうか。
砲戦とは、目標の運動(的針、的速)を継続的に観測し、その未来位置に照準して砲弾を撃ち込まなければなりません。
前述の「イの字」を描いていた三分間は、ロシア艦隊も同航砲戦に移行しようと回頭中であり、運動中の敵艦に対して砲撃するのは至難の業と言えます。的針が常に変動していては、継続的な観測から敵艦の未来位置を予測する事が困難となるからです。
現に、「三笠」が命中弾を出すのは、同航砲戦に移行した二時十三分の事でした。

以上のことから、東郷ターンとは丁字戦法ではなく、ロシア艦隊に真っ向から同航砲戦を挑むための艦隊運動であったのではないかと考察する次第であります。
では、劣勢の日本海軍が、どうしてバルチック艦隊を打ち破ることが出来たのか。
これは単純に、日本海軍は劣勢だった訳でなく、十分に抗し得る実力を秘めていただけの話ではないでしょうか。勿論、それだけの実力を持つに至ったのは熾烈なる訓練の賜物であり、装備の近代化の為に尽力した艦隊首脳部、政府、国民の努力の結晶であったのは言うまでもなく、決して「日本海海戦は勝つべくして勝った」とか「楽勝だった」とか言う訳ではありません。
しかし、バルチック艦隊の戦艦八隻を細かく分析すれば、三隻は旧式戦艦であり、四隻は慣熟訓練も終えていない新鋭艦であった訳で、最新式の戦艦四隻を十分すぎるほど訓練して完璧に戦力化していた日本海軍とは、カタログスペック上には現れない戦力差が確実に存在していたと思えます。また、日本の装甲巡洋艦は準戦艦と言っても過言ではない優秀な軍艦であり、これに加えて卓越した砲戦指揮や無煙火薬の採用など、明らかに日本海軍が勝っていた点もあるのです。
つまり、決して楽な戦いではないが、だからと言って絶望的な戦況でもなかったと言えるのではないでしょうか。
そして、だからこそ、邀撃戦に不向きな丁字戦法を捨て、正面から殴りあう同航砲戦を選んだとは考えられないでしょうか。

私には、そのように思えてならないのです。
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[2006.05.27(Sat) 22:33] 艦艇の話Trackback(0) | Comments(22)
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COMMENT

ごめんwww長くなりすぎたwww by 大和甲型@管理人
画像はサムネイル表示の方が良かったかも分からんねw
見易い・見難い等のご意見ありましたら、お気軽にどうぞw

あと、話の内容についても、私自身がまだ完璧に整理し切れてないので、意見・質問・指摘など頂けると嬉しいです。

by 早池峰
 まず、丁字戦法を取った場合、艦隊の末尾方向に針路を取られると、こちらの艦隊はなすすべもなく敵を取り逃してしまう、ということがありました。
 当時の日本にとって最も恐ろしい事態はバルチック艦隊がウラジオストックに入港して、そこを拠点に活動されることでして、日本海海戦の大元の目的は、ロシア艦隊をウラジオストックに入港させない、というところにあります。
 なので、自艦隊を敵艦隊と大陸の(ウラジオストックの)中間に回りこませて、敵の逃走を阻止するのが敵前大回頭の真相であったと、こんにちでは謂われていますね。

「日本海海戦は丁字戦法で勝った」と最初に言ったのは、小笠原長生という退役中将(日露戦争のときは軍令部参謀)なんですが、
 日本海軍の公刊戦史には、日本海海戦で丁字戦法を使ったなどという記述はないそうです。(黄海海戦にはある)
 なぜこういうことが起きたのかというと、なにも小笠原さんがでたらめ書いたわけではなくて、当時軍機だった連繋機雷による作戦を隠すためなんですね。
 日本海軍は日本海海戦の直後(つまり日露戦争終結以前から)「丁字戦法でやったんだ!」という通説を流布してまして、それによって真打の作戦を隠蔽しようとしたわけです。
 まぁ当たり前のことですが、戦争してる真っ最中に自国艦隊の作戦をおおっぴらに公表したりしませんよね。
 真珠湾奇襲攻撃を伝える新聞に「ビバ・ゼロ戦! 浅海面魚雷ってば最強だしぃ~」などと書くのと同じです。

by 大和甲型@管理人
>>丁字戦法を取った場合、艦隊の末尾方向に針路を取られると、こちらの艦隊はなすすべもなく敵を取り逃してしまう

本文中でも解説した黄海海戦の例が正にそれですね。
日本海軍も、何とか艦隊運動を合理化して対処しようとしたみたいですが、尽く失敗してしまいましたし。やはり丁字戦法は、机上の空論に過ぎなかったのかも知れませんね。(時代にもよりますがw

>>「日本海海戦は丁字戦法で勝った」と最初に言ったのは小笠原長生という退役中将なんですが

これは初耳でしたが、ググって見たら意外とヒットしまして、どうやらそこそこ普及している話のようですね。ソースは「日本海海戦かく勝てり」あたりでしょうか。
「公刊戦史に丁字戦法の記述は云々」というのは、同書の著者の一人である戸高一成氏が某歴史雑誌にてコラムを書いていたので既知でしたが、小笠原中将が具体的な戦史の編纂をした一事については全くの初耳でした。いや、勉強になりますw
件の連繋機雷は、日本海海戦での使用が断念されたとは言え、その後の八八艦隊計画に至るも秘密兵器として重要視されていましたからね。秘匿の為に丁字戦法を流布したと言うのは、十分納得のいく理屈だと思います。
それにしても、歴史を改ざんしてまで秘匿した一号機雷が、結局は実戦に供されずに姿を消していったというのは、随分と皮肉な話ではありますねw

丁字戦法 by 北澤法隆
1904年1月9日の聯合艦隊戦策では正の丁字を図示していますが、翌日の1戦隊戦策では不正の丁字で可と記しています。丁字は同航にも反航にもあり、その前に、敵と同等以上優勢なら同航、劣勢なら反航の原則があります。黄海時は、劣勢だから反航の丁字、日本海時は同等以上だから同航の丁字です。東郷ターンは同航の丁字の準備運動で、丁字ではありません。一次大戦の戦策も丁字と乙字です。嶋村と秋山、加藤と秋山の議論時の力関係を見る要があります。丁字は敵が逃げられる距離ではなく、もっと近い、弾の命中する距離内の対勢と集中射撃の事を問題にしています。また、反航の丁字では敵の撃滅等は困難です。また色々お教え下さい。

丁字対勢維持のための限界の交角 by 北澤法隆
同航射撃の丁字は味方の頭が敵の前に出ていないと逆に敵から丁字を掛けられます。この、滑り落ちない、振り落とされない限界の交角は、極方眼紙の一種の運動盤の解法で得られます。黄海の15Kt対14Ktでは21度、日本海の15Kt対10Ktでは48度で、90度の正の丁字などは幻で論外である事がご理解できると思います。また決戦は開戦前の戦策の時点から、同航射撃の丁字で行うことが大前提でした。これが初瀬、八島の触雷沈没で崩れました。

東郷ターンは丁字戦法ではありません by 北澤法隆
東郷ターンと丁字戦法は良く混同されますが、別ものです。決戦は同航の丁字戦法で行いますが、東郷ターンは同航の丁字戦法を行うための準備運動です。戦術運動は陣形内の全艦が同時に同じ方向に向きを変える「一斉回頭(斉動)」と先頭艦から逐次に方向を変え、そのまま陣形を保持する「方向変換(逐次回頭)」があります。列艦の前後の距離は400メートルです。斉動の場合はかなり危険ですので、舵は15度舵角で旋回径は約1000メーター、逐次回頭では一艦づつなので、30度舵角で旋回径500、時間は15ノットで6割位に減少できます。黄海では、斉動主用でしたが、日本海では逐次回頭主用に変わりました。これが、東郷ターンの神髄です。6艦中2艦は、斉動時より早く発砲できるようになったのです。さらに、これで指揮艦先頭が保持できたのです。日本海直前の戦策までは、砲戦開始後も丁字の保持は斉動でやることになっていましたが、これが改められました。これで、やっと丁字戦法が名実共に完成したのです。基本陣形蛇行単縦陣も保持可能となったのです。

東郷ターンと丁子戦法の本質 by 西村健治
ここのブログで紹介されている見解は、全くそのとおりだと思います。古くからこの説は確かな戦術解釈として、いろいろな方から聞かされ、私もそう考えておりました。歴史の通説として言われていることとは、しょせん、通説であってわかりやすい物語となっていることが多い。本説も、海軍関係の専門家の間で定説なのですが、一般人に説明するのは大変難しい。明日、25日の坂之上の雲で紹介できますでしょうかね?

 北澤法隆さんへ by 大和甲型
初めまして、管理人の大和甲型です。
先ずは返信が遅れに遅れてしまったことをお詫びいたします。

さて、当該記事は私が学生時分に書いたこともあってお見苦しい点も多々見受けられると思いますが、要旨としては以下の4点が挙げられます。
1、一般的に言われている、同海戦の勝因を丁字戦法とすることへの疑問
2、現実として丁字を描くことは不可能である。
3、実際の戦闘経過において、砲力発揮に有利な交角が描かれているとは思われない。
4、敵前大回頭は、反航体勢から強制的に同航戦に持ち込むための機動であったのではないか。
つまり、敵の後部火力を封殺することを目的とした丁字戦法は実施されず、逃走を阻止するために露艦隊の頭を抑えたのではないか、ということです。
「敵前大回頭を一般的に「丁字戦法」と称し」としたのは私の誤りですが、この記事は用語の定義として「東郷ターン=丁字戦法」を主張するものではなく、東郷ターンが何を目的としていたのかという問題提起であることをご理解ください。
丁字かイ字かという問題ではないことも本文中で述べております。

さて、ご指摘を頂いた連合艦隊戦策についてですが、日本海海戦前に発令されたバルチック艦隊に対する戦策では「先頭を斜めに圧迫する如く敵の向首する方向に折れ、努めて併航戦を開始し、爾後戦闘を持続」とされており、「敵の先頭を圧迫するごとく運動し、かつ臨機適宜の 一斉回頭を行い、敵に対し丁字形を保持するに努むる」とした1904年の戦策から明確に改訂されています。

>日本海直前の戦策までは、砲戦開始後も丁字の保持は斉動でやることになっていましたが、これが改められました
と、さらっと書いていますが、「努める」先が「丁字形を保持」から「併航戦を開始」に変わっている点は重要ではないかと思います。

もっとも、私は気軽に一次資料に当たれる立場になく、ここに記述する内容も市販書籍からの受け売りでしかありません。
逃げと言われれば弁解の余地もありませんが、これ以上の議論は不毛かと思われます。
北澤さんはここ以外にも個人ブログや掲示板に同旨の書き込みをしているようですが、半藤一利氏や戸高一成氏など丁字戦法否定派の識者と第一人者同士で直接討論した方が建設的ではないでしょうか。

 西村健治さんへ by 大和甲型
初めまして、5ヶ月越しの返信となってしまい申し訳ありません。
管理人の大和甲型です。

ご賛同ありがとうございます。
やはり識者の間では古くから言われていたんですねw
「坂の上の雲」ドラマ化の影響か、ここ1、2年で日露戦役関係の書籍が一挙に発刊され、この説も一般に知られるようになってきました。(反面、さらにそれを否定する本も多数出版されている訳ですが)
秋山参謀が伝記の中で「日本海海戦は丁字戦法で勝った」と書いていたとも言われますが、早池峰さんが言うように

>通説を流布してまして、それによって真打の作戦を隠蔽しようとしたわけです。

というのが真相に近いのかなとも思います。
軍事上のこと故、真実は闇の中なのかも知れませんが、いつか双方が納得のいく資料が出てくると良いですね。

1159-1への解答 by 北澤法隆
pcの発信ができない所に居たため、返事が遅れました。1,海戦の大部分は砲戦で行われ、決戦は、斜め同航射撃で実施します。彼我の砲火力の効果の較差を増大させて勝利を得させた鍵が、斜め同航射撃の不正な丁字戦法でした。従って、勝因は丁字戦法です。//2,現実の丁字は、明治37年1月9日の戦策の正の丁字ではなく、1月10日の戦策の不正な丁字で、対馬の速力差では交角48度以下、マージン含みで計画30度、実際10度でした。続後送

管理人のみ閲覧できます by -

1159への解答続1 by 北澤法隆
対3,対馬の第一次合戦図では、交角の小さい時が砲力の発揮に有利な時期です。交角が大きいと照尺方向の距離の変動が激しく、適正な照尺がつかめず、命中弾を得るのが困難になります。これが、当初の予定交角30度が戦いが酣(たけなわ)になった時、10度になった理由です。合戦図に描かれたのがプロの鉄砲屋が有利と認める交角です。鉄砲屋の加藤友、安保と水雷屋の秋山の認識には当然差があります。

1159解答続 by 北澤法隆
対3,8千の30度舵角の逐次回頭は危険な行動ではありません。回頭中の目標は彼我の交角が整定しないため発砲できないからです。定針後約3分で発砲可能です。決戦は同航射撃が大前提ですから、双方共逃げることはありません。合戦図の彼我の相対位置を見ると、我が陣形は敵の前方に出て、敵の先頭を圧迫し、敵の後部火力を封殺する形になっています。これが、斜め同航射撃の不正な丁字の実例です。交角は30度以下10度位です。

解答4続 by 北澤法隆
対4続/丁字戦法は砲戦時の対勢や集中射撃に関する規定ですから、8千の戦闘序列解列後しばらくしての、砲戦距離6-4千を対象とし、敵の逃走等を考慮する、その外方の距離でのこととは、無関係です。入手した黄海の露日海戦史の図では、露側は、日本側が散布した機雷と思われる浮遊物を2回避航していますが、山東高角まで、針路は殆ど変えてなく、露側変針対処運動は日本側の失策や誤解の一人相撲の自爆行為であったようです。

戦策関連解答 by 北澤法隆
戦策関連/決戦は戦艦戦隊1戦隊の丁字斜め同航射撃による事が大前提で、先頭圧迫の丁字関連部分は不変です。陣形保持が一斉回頭唯一から逐次回頭併用になって変わった部分があります。もう一つは乙字との関係で、『海軍基本戦術第二編』の正撃、奇撃関連で、被害の大きい正攻法の主隊一戦隊の力攻の保持、持続の要求で、この間に二戦隊に乙字による奇撃をさせようとしたのですが、二戦隊は逃げたのです。乙字は不成立でした。

戦策解答続 by 北澤法隆
日本海海戦後の明38,9,1の2艦隊瓜生司令官の3戦隊戦策の戦法は丁字戦法基本です。日露戦後の海戦要務令も1次大戦時の遣米枝隊の戦策も丁字戦法を堅持しています。木村勲『日本海海戦とメディア』掲載の明38,6,30東京朝日掲載「日本海海戦談(聯合艦隊参謀某氏)」の図説は用語の秘匿もなく、丁字戦法の要諦を余す所なく開示、解説しています。通常、恥ずかしくて見せられないものを秘密とし、優れたものは見せびらかします。

by 大和甲型
不毛な議論ではないかという私の具申は読まれなかったのか、読めなかったのか、読んだ上で無視されているのか存じませんが、そんなに持論を披露したいのであればご自分でサイトなりブログなり開かれたらどうですか?
BBSを使って半藤氏なり戸高氏なり、その手の専門家同士で公開討論した方が余ほど建設的でしょうし、我々一般の海軍ファンもその方が興味があります。

>勝利を得させた鍵が、斜め同航射撃の不正な丁字戦法でした
>交角48度以下、マージン含みで計画30度、実際10度でした。
交角10度も丁字戦法と仰るのなら、日本海海戦に限らず、同航戦で戦われた歴史上の色んな海戦が丁字戦法になってしまうと思うんですが…。

>敵の逃走等を考慮する、その外方の距離でのこととは、無関係です
丁字戦法が逃走阻止を目的としている、などとは私は一言も書いていませんよね。
東郷ターンと丁字戦法を混同しているのは、あなたの方ではないですか?
露艦隊と反航戦をすればウラジオに逃げられる可能性があった、だから東郷ターンにより同航戦に持ち込んだのだろう、と私は書いています。

>日露戦後の海戦要務令も1次大戦時の遣米枝隊の戦策も丁字戦法を堅持しています。
丁字戦法が「理論上は」優れていることは否定しませんから、海戦要務令に記載があっても不思議とは思いません。
しかし実用性という点では、主力である第1艦隊が戦策に採用していないことからも疑問の余地ありですね。
あと、遣米枝隊が堅持していたから何なんですか? 臨時編成の部隊ですよね?
その一事をもって「一次大戦の戦策も丁字と乙字です」などと、まるで日本海軍全体が戦策としているかのような書き込みをしていたんですか?

>用語の秘匿もなく、丁字戦法の要諦を余す所なく開示、解説しています。
海戦要務令は軍機図書ですよ。
逆説的に、余す所なく開示・解説されてしまった丁字戦法の要諦は、日本海軍にとって重要ではなかったのでしょう。

>通常、恥ずかしくて見せられないものを秘密とし、優れたものは見せびらかします。
どこの国の通常ですか。
長門型が26ktで走ったり大和型が46cm砲を搭載したのは恥ずかしくて秘密にしたんですか?
自衛隊の海賊対処作戦計画って「秘」文書なんですが、あれも恥ずかしくて公開できないんですか?
世界から軍事機密が消えてなくなりますね。

by kenji
大変、詳細な分析・議論に感服いたします。
東郷ターンは、ウラジオへの回航がロシア艦隊の目的であるため、相手も望むであろう反航砲戦に入る態勢と見せかけて、直前でその予見を裏切り、同航砲戦を強要したものと考えます。反航砲戦では一回限りの接触で逃げ切られますから、ロシアはそれがよい。日本艦隊にとっては犠牲をはらっても、ここで執拗に決戦を望む必要があったでしょう。ターンは早すぎれば、ロシアは取り舵回頭してウラジオストク方面への最短逃走針路をとったでしょうから、まんまと逃げられるか、逆に丁字態勢で大敗したかもしれない。ロシア艦隊が取り舵回頭するタイミングを遅らせて、かつ、勝機を餌にぶら下げることで積極的に同航の針路にもっていくことだったと考えます。ロシアにとっては、一瞬丁字態勢があいてからもたらされたようなもの。しかし、そのタイミングを掴みきれなかったら、そのわずかの後に日本艦隊に絶好の丁字態勢が出来上がる。これは、多分結果としてそうなったにちがいない。なぜなら、意図した丁字はそう簡単に完成しない。相手も読むからだ。読めない・逃げられないところまで彼我の態勢を追い込んでどちらが有利な態勢を掴むかは運で゛あっ多可能性が高い。そのリスクをもってしても、ロシアを何段階もの戦術で暫減しようというのが当初の作戦だったと理解しています。幸運にもその第一段階で運は日本側に転がり込んだ。もし、ロシア艦隊が遠征の疲労もなく錬度も高く維持され、完璧に艦隊の運動を制御できたなら、そうは簡単に丁字の餌食になどならなかったと思われます。丁字による効果より、実際には同航砲戦に入った後の射撃精度、士気、艦隊運動の継続的な維持ができたことなど基本的な技量と総合的な指揮能力の差が決定的だったのではないでしょうか。

re1170-1 by 北澤法隆
pcの使えない所から戻りました。大和甲型さんの自己紹介で同業である事を知りました。それなら、話は早いです。海戦百周年準備で我が広報誌mamoruの前身securitarianでキャンペーンを組み、2002年11月号では、私が担当で、東郷ターン、丁字戦法の実施状況と、連繋水雷攻撃の事前中止を明示しました。内外からの多くの反論を期待し、待機していたのですが、皆無で、防衛庁内では定説として、認定されたものと認識しています。全て文献の裏付けが存在しています。
その後防衛省内でもNHKでもこれらを否定できるような新事実の情報はありません。海戦要務令(海軍戦闘要務令)は海軍全体に関するもので、対象は各級指揮官です。各級指揮官とは、大、中将の艦隊司令長官、少将の戦隊を指揮する艦隊司令官、大、中佐の隊司令、艦長等で1艦隊でも出戦する場合は長官は丁字、乙字戦法に基づく戦策を策定しなければなりません。

by 北澤法隆
re1170-2/決戦は必ず斜め同航射撃で行い、斜め反航射撃で行うことはありません。同航射撃の方が効率が良いからです。日露海戦の戦策には、敵と同等の決戦、斜め同航射撃用の海戦直前の戦策、初瀬、八島喪失後の劣勢時の斜め反航射撃用の黄海海戦時の戦策、旅順、浦塩支隊撃滅後の同等の決戦、斜め同航射撃用の日本海海戦の戦策があります。黄海海戦までの戦策は、嶋村参謀長、水雷屋の秋山参謀体制下で、丁字戦法についても、一部観念的な表現が存在します。日本海海戦の戦策は、鉄砲屋の加藤友三郎参謀長、秋山参謀体制下、不正な丁字戦法による斜め同航射撃時の実戦を担当する鉄砲屋用の、具体的な、観念的な表現を排除した内容のものとなっています。戦策の内容の変化は、戦術が変わったのではなく、参謀長が鉄砲屋に変わり、砲戦用に、より理解が容易な具体的な表現に改められた、と見ています。明治37年1月下旬、子隊の艦隊や戦隊の戦策が出されますが、秋山参謀の表現の不備、不足部分はこれらの戦策で、補備修正されています。鉄砲屋の加藤2艦隊参謀長がいた、2艦隊、2戦隊の戦策の表現が、後に聯合艦隊参謀長となった加藤の日本海海戦の聯合艦隊の戦策と重複していることが、この見方の根拠です。弾丸を打ったこともない秋山の表現は、気持ちは理解できますが、現実に弾丸を発射する場合には、戦術運動についても、もっとキメの細かさの配慮が求められます。re1170-3/不毛でない議論は、同じ土俵の上でなされます。同じ土俵とは、キチンとした、まともな史資料を根拠として使うということです。アジア歴史資料センター、閲覧、防衛省防衛研究所、海軍省公文備考類、戦役等、日露、311戦策や、358聯隊機密等は、自宅パソコンですぐ閲覧、プリントアウトできますので、大いに活用されて下さい。宝の山です。また、CINII(国立情報研究所、掲載情報)や関連学会のサイトで『海事史研究』、『軍事史学』、『波涛』(旧海幹校評論)等、先人の研究成果を吟味されて下さい。平家物語の那須与一が鏑矢で白拍子の掲げる扇を射落とした話は御存じですね。丁字戦法が実行できる、ロシア艦より優速の我が列艦は日清戦争の前から建造を始めていました。対馬で劣速の露国海軍は壊滅しました。壊滅した海軍を再建して丁字戦法で我が海軍を負かすのには、少なくとも数十年はかかります。あまりにも喜び過ぎて戦時中に丁字のエッセンスをバラしてしまっても実害は無いでしょう。むしろ、秋山も述べているように、古来別段新奇でもなく、私は、群れで狩りをする、犬科や猫科の群れが備える狩りの常套手法を戦術に転換採用した、これをやらないと、餌にもありつけない、これ無しで戦えば必ず負けを喫する類の必須の戦術と理解しています。やれるのなら、やってみて御覧なさい、そして、勝って御覧なさい、の気分です。

kenjiさんへ by 大和甲型
初めまして、管理人の大和甲型です。

>ウラジオへの回航がロシア艦隊の目的であるため
そうなんですよね。
露艦隊にとって対馬は決戦海面じゃなくて、ウラジオ艦隊と合流することが大前提でした。だから、日本艦隊と全滅を賭けて戦う理由などなくて、できれば損害が出る前に逃げたかったのが実情でしょう。
しかし、それでは困るのは日本海軍の勝手な事情であって、言うなれば日本海軍は如何にして露艦隊を自分の我が侭に付き合わせるかという問題に直面し、その答えが東郷ターンだったように思えます。

>丁字による効果より、実際には同航砲戦に入った後の射撃精度、士気、艦隊運動の継続的な維持ができたことなど基本的な技量と総合的な指揮能力の差が決定的だったのではないでしょうか。
交角10度では浅すぎて、当初期待したような丁字による効果は得られなかったんじゃないでしょうか。
仰るとおり、その他のソフト的ハード的な面で総合的に日本海軍が優れていたことは否定できないと思います。
日本海海戦の勝利は、様々な幸運に恵まれた上での、純粋な同航砲戦によるものと考えます。

北澤法隆さんへ by 大和甲型
貴方は「会話」をする気がないのでしょうか。
ご自身に都合の悪い事項は読まない・気にしないで、主張ばかりなさる。
返信のために時間を割くのが馬鹿らしくなります。
もう書き込んで頂かなくて結構ですよ。
しかし、どうしても言わずにおれない点があるので、最後に二つ三つ述べます。

>防衛庁内では定説として、認定されたものと認識しています。
とんでもない暴論ですね。
対面してのディベートならともかく、出版物に対して反論がなければ総員賛成なんて本気で仰っているのでしょうか。
まず、公文書でもない単なる広報誌の一記事を、27万人の防衛省職員(自衛官・事務官等)全員が認知しているという認識が誤りです。
また、現場部隊は実任務や訓練などで多忙を極めます。研究職の貴方と違い、反証論文を書き上げる手間と時間を、総員がかけられる訳ではありません。
「反論が皆無」というのは、「当該記事を読んだ者で且つ反証する時間的金銭的身体的余裕のある者」という限定的な範囲で同意が得られたに過ぎないのではないでしょうか?
戦史叢書など公刊戦史の記載を防衛省の公式見解と表現するならまだしも、広報誌の記事が「防衛庁内で定説」とは成り得ません。

>不毛でない議論は、同じ土俵の上でなされます
全面的に同意いたします。
どうぞ専門家同士で議論なさってください。
私は同じ土俵でやり合うつもりはないので、ここでの議論は不毛であると、もう3ヶ月前から言い続けております。

>自宅パソコンですぐ閲覧できますので、大いに活用されて下さい
私はネット契約をしておりません。
帰省した時や、自宅では携帯電話から書き込んでいます。
最初に「私は気軽に一次資料に当たれる立場になく」と書いたのは、そういう意味です。
もちろん防衛研究所に直接出向けるような場所にも居住していません。

>キチンとした、まともな史資料を根拠として使うということ
一次資料の重要性については口を挟む余地もありません。
しかし、私の目にした著作物がキチンとしてない、まともじゃないという決めつけは如何なものでしょうか。週刊誌やゴシップ誌を読んでいる訳ではありません。
ご自身の著書や賛同する諸氏はキチンとしていて、相容れない者はまともではないなどと、ただのレッテル貼りであり思考停止に思えます。

私は過去コメントの中で何度も、丁字戦法を否定した著作物の著者の名前を挙げました。
筆者を失念しましたが、「世界の艦船」の日本海海戦百周年特集でも、詳細な分析が述べられています。
また、「坂の上の雲」ドラマ化に伴う昨今の出版物でも、丁字戦法に対する賛否「両論」が記載されています。
貴方がこれらをまともでないと無視するのは勝手ですが、私が(貴方の著書を含め)貴方の提示する2次資料をどう判断するのかも同レベルで勝手なのです。
ですから、その手の著作者同士で直接議論する方が建設的であり、私のような個人に対する執着は不毛だと申しているのです。
あとは、サイトなりブログなり開設して、そこで持論を披露なさって下さい。
それで反論のコメントもメールも来なければ、「ネット界では定説として、認定されたものと認識」していれば良いんじゃないですか?

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COMMENT

画像はサムネイル表示の方が良かったかも分からんねw
見易い・見難い等のご意見ありましたら、お気軽にどうぞw

あと、話の内容についても、私自身がまだ完璧に整理し切れてないので、意見・質問・指摘など頂けると嬉しいです。
[ 2006.05.27(Sat) 22:37] URL | 大和甲型@管理人 #NKwY6NnY | EDIT |

 まず、丁字戦法を取った場合、艦隊の末尾方向に針路を取られると、こちらの艦隊はなすすべもなく敵を取り逃してしまう、ということがありました。
 当時の日本にとって最も恐ろしい事態はバルチック艦隊がウラジオストックに入港して、そこを拠点に活動されることでして、日本海海戦の大元の目的は、ロシア艦隊をウラジオストックに入港させない、というところにあります。
 なので、自艦隊を敵艦隊と大陸の(ウラジオストックの)中間に回りこませて、敵の逃走を阻止するのが敵前大回頭の真相であったと、こんにちでは謂われていますね。

「日本海海戦は丁字戦法で勝った」と最初に言ったのは、小笠原長生という退役中将(日露戦争のときは軍令部参謀)なんですが、
 日本海軍の公刊戦史には、日本海海戦で丁字戦法を使ったなどという記述はないそうです。(黄海海戦にはある)
 なぜこういうことが起きたのかというと、なにも小笠原さんがでたらめ書いたわけではなくて、当時軍機だった連繋機雷による作戦を隠すためなんですね。
 日本海軍は日本海海戦の直後(つまり日露戦争終結以前から)「丁字戦法でやったんだ!」という通説を流布してまして、それによって真打の作戦を隠蔽しようとしたわけです。
 まぁ当たり前のことですが、戦争してる真っ最中に自国艦隊の作戦をおおっぴらに公表したりしませんよね。
 真珠湾奇襲攻撃を伝える新聞に「ビバ・ゼロ戦! 浅海面魚雷ってば最強だしぃ~」などと書くのと同じです。
[ 2006.05.28(Sun) 04:29] URL | 早池峰 #w1X/gZh6 | EDIT |

>>丁字戦法を取った場合、艦隊の末尾方向に針路を取られると、こちらの艦隊はなすすべもなく敵を取り逃してしまう

本文中でも解説した黄海海戦の例が正にそれですね。
日本海軍も、何とか艦隊運動を合理化して対処しようとしたみたいですが、尽く失敗してしまいましたし。やはり丁字戦法は、机上の空論に過ぎなかったのかも知れませんね。(時代にもよりますがw

>>「日本海海戦は丁字戦法で勝った」と最初に言ったのは小笠原長生という退役中将なんですが

これは初耳でしたが、ググって見たら意外とヒットしまして、どうやらそこそこ普及している話のようですね。ソースは「日本海海戦かく勝てり」あたりでしょうか。
「公刊戦史に丁字戦法の記述は云々」というのは、同書の著者の一人である戸高一成氏が某歴史雑誌にてコラムを書いていたので既知でしたが、小笠原中将が具体的な戦史の編纂をした一事については全くの初耳でした。いや、勉強になりますw
件の連繋機雷は、日本海海戦での使用が断念されたとは言え、その後の八八艦隊計画に至るも秘密兵器として重要視されていましたからね。秘匿の為に丁字戦法を流布したと言うのは、十分納得のいく理屈だと思います。
それにしても、歴史を改ざんしてまで秘匿した一号機雷が、結局は実戦に供されずに姿を消していったというのは、随分と皮肉な話ではありますねw
[ 2006.05.29(Mon) 00:22] URL | 大和甲型@管理人 #NKwY6NnY | EDIT |

1904年1月9日の聯合艦隊戦策では正の丁字を図示していますが、翌日の1戦隊戦策では不正の丁字で可と記しています。丁字は同航にも反航にもあり、その前に、敵と同等以上優勢なら同航、劣勢なら反航の原則があります。黄海時は、劣勢だから反航の丁字、日本海時は同等以上だから同航の丁字です。東郷ターンは同航の丁字の準備運動で、丁字ではありません。一次大戦の戦策も丁字と乙字です。嶋村と秋山、加藤と秋山の議論時の力関係を見る要があります。丁字は敵が逃げられる距離ではなく、もっと近い、弾の命中する距離内の対勢と集中射撃の事を問題にしています。また、反航の丁字では敵の撃滅等は困難です。また色々お教え下さい。
[ 2011.10.20(Thu) 20:17] URL | 北澤法隆 #- | EDIT |

同航射撃の丁字は味方の頭が敵の前に出ていないと逆に敵から丁字を掛けられます。この、滑り落ちない、振り落とされない限界の交角は、極方眼紙の一種の運動盤の解法で得られます。黄海の15Kt対14Ktでは21度、日本海の15Kt対10Ktでは48度で、90度の正の丁字などは幻で論外である事がご理解できると思います。また決戦は開戦前の戦策の時点から、同航射撃の丁字で行うことが大前提でした。これが初瀬、八島の触雷沈没で崩れました。
[ 2011.12.15(Thu) 09:41] URL | 北澤法隆 #- | EDIT |

東郷ターンと丁字戦法は良く混同されますが、別ものです。決戦は同航の丁字戦法で行いますが、東郷ターンは同航の丁字戦法を行うための準備運動です。戦術運動は陣形内の全艦が同時に同じ方向に向きを変える「一斉回頭(斉動)」と先頭艦から逐次に方向を変え、そのまま陣形を保持する「方向変換(逐次回頭)」があります。列艦の前後の距離は400メートルです。斉動の場合はかなり危険ですので、舵は15度舵角で旋回径は約1000メーター、逐次回頭では一艦づつなので、30度舵角で旋回径500、時間は15ノットで6割位に減少できます。黄海では、斉動主用でしたが、日本海では逐次回頭主用に変わりました。これが、東郷ターンの神髄です。6艦中2艦は、斉動時より早く発砲できるようになったのです。さらに、これで指揮艦先頭が保持できたのです。日本海直前の戦策までは、砲戦開始後も丁字の保持は斉動でやることになっていましたが、これが改められました。これで、やっと丁字戦法が名実共に完成したのです。基本陣形蛇行単縦陣も保持可能となったのです。
[ 2011.12.21(Wed) 23:54] URL | 北澤法隆 #- | EDIT |

ここのブログで紹介されている見解は、全くそのとおりだと思います。古くからこの説は確かな戦術解釈として、いろいろな方から聞かされ、私もそう考えておりました。歴史の通説として言われていることとは、しょせん、通説であってわかりやすい物語となっていることが多い。本説も、海軍関係の専門家の間で定説なのですが、一般人に説明するのは大変難しい。明日、25日の坂之上の雲で紹介できますでしょうかね?
[ 2011.12.24(Sat) 14:00] URL | 西村健治 #- | EDIT |

初めまして、管理人の大和甲型です。
先ずは返信が遅れに遅れてしまったことをお詫びいたします。

さて、当該記事は私が学生時分に書いたこともあってお見苦しい点も多々見受けられると思いますが、要旨としては以下の4点が挙げられます。
1、一般的に言われている、同海戦の勝因を丁字戦法とすることへの疑問
2、現実として丁字を描くことは不可能である。
3、実際の戦闘経過において、砲力発揮に有利な交角が描かれているとは思われない。
4、敵前大回頭は、反航体勢から強制的に同航戦に持ち込むための機動であったのではないか。
つまり、敵の後部火力を封殺することを目的とした丁字戦法は実施されず、逃走を阻止するために露艦隊の頭を抑えたのではないか、ということです。
「敵前大回頭を一般的に「丁字戦法」と称し」としたのは私の誤りですが、この記事は用語の定義として「東郷ターン=丁字戦法」を主張するものではなく、東郷ターンが何を目的としていたのかという問題提起であることをご理解ください。
丁字かイ字かという問題ではないことも本文中で述べております。

さて、ご指摘を頂いた連合艦隊戦策についてですが、日本海海戦前に発令されたバルチック艦隊に対する戦策では「先頭を斜めに圧迫する如く敵の向首する方向に折れ、努めて併航戦を開始し、爾後戦闘を持続」とされており、「敵の先頭を圧迫するごとく運動し、かつ臨機適宜の 一斉回頭を行い、敵に対し丁字形を保持するに努むる」とした1904年の戦策から明確に改訂されています。

>日本海直前の戦策までは、砲戦開始後も丁字の保持は斉動でやることになっていましたが、これが改められました
と、さらっと書いていますが、「努める」先が「丁字形を保持」から「併航戦を開始」に変わっている点は重要ではないかと思います。

もっとも、私は気軽に一次資料に当たれる立場になく、ここに記述する内容も市販書籍からの受け売りでしかありません。
逃げと言われれば弁解の余地もありませんが、これ以上の議論は不毛かと思われます。
北澤さんはここ以外にも個人ブログや掲示板に同旨の書き込みをしているようですが、半藤一利氏や戸高一成氏など丁字戦法否定派の識者と第一人者同士で直接討論した方が建設的ではないでしょうか。
[ 2012.05.04(Fri) 10:12] URL | 大和甲型 #NKwY6NnY | EDIT |

初めまして、5ヶ月越しの返信となってしまい申し訳ありません。
管理人の大和甲型です。

ご賛同ありがとうございます。
やはり識者の間では古くから言われていたんですねw
「坂の上の雲」ドラマ化の影響か、ここ1、2年で日露戦役関係の書籍が一挙に発刊され、この説も一般に知られるようになってきました。(反面、さらにそれを否定する本も多数出版されている訳ですが)
秋山参謀が伝記の中で「日本海海戦は丁字戦法で勝った」と書いていたとも言われますが、早池峰さんが言うように

>通説を流布してまして、それによって真打の作戦を隠蔽しようとしたわけです。

というのが真相に近いのかなとも思います。
軍事上のこと故、真実は闇の中なのかも知れませんが、いつか双方が納得のいく資料が出てくると良いですね。
[ 2012.05.04(Fri) 10:13] URL | 大和甲型 #NKwY6NnY | EDIT |

pcの発信ができない所に居たため、返事が遅れました。1,海戦の大部分は砲戦で行われ、決戦は、斜め同航射撃で実施します。彼我の砲火力の効果の較差を増大させて勝利を得させた鍵が、斜め同航射撃の不正な丁字戦法でした。従って、勝因は丁字戦法です。//2,現実の丁字は、明治37年1月9日の戦策の正の丁字ではなく、1月10日の戦策の不正な丁字で、対馬の速力差では交角48度以下、マージン含みで計画30度、実際10度でした。続後送
[ 2012.06.12(Tue) 20:16] URL | 北澤法隆 #- | EDIT |

このコメントは管理人のみ閲覧できます
[ 2012.06.12(Tue) 20:26] URL | # | EDIT |

対3,対馬の第一次合戦図では、交角の小さい時が砲力の発揮に有利な時期です。交角が大きいと照尺方向の距離の変動が激しく、適正な照尺がつかめず、命中弾を得るのが困難になります。これが、当初の予定交角30度が戦いが酣(たけなわ)になった時、10度になった理由です。合戦図に描かれたのがプロの鉄砲屋が有利と認める交角です。鉄砲屋の加藤友、安保と水雷屋の秋山の認識には当然差があります。
[ 2012.06.14(Thu) 12:12] URL | 北澤法隆 #- | EDIT |

対3,8千の30度舵角の逐次回頭は危険な行動ではありません。回頭中の目標は彼我の交角が整定しないため発砲できないからです。定針後約3分で発砲可能です。決戦は同航射撃が大前提ですから、双方共逃げることはありません。合戦図の彼我の相対位置を見ると、我が陣形は敵の前方に出て、敵の先頭を圧迫し、敵の後部火力を封殺する形になっています。これが、斜め同航射撃の不正な丁字の実例です。交角は30度以下10度位です。
[ 2012.06.14(Thu) 18:43] URL | 北澤法隆 #- | EDIT |

対4続/丁字戦法は砲戦時の対勢や集中射撃に関する規定ですから、8千の戦闘序列解列後しばらくしての、砲戦距離6-4千を対象とし、敵の逃走等を考慮する、その外方の距離でのこととは、無関係です。入手した黄海の露日海戦史の図では、露側は、日本側が散布した機雷と思われる浮遊物を2回避航していますが、山東高角まで、針路は殆ど変えてなく、露側変針対処運動は日本側の失策や誤解の一人相撲の自爆行為であったようです。
[ 2012.06.14(Thu) 20:09] URL | 北澤法隆 #- | EDIT |

戦策関連/決戦は戦艦戦隊1戦隊の丁字斜め同航射撃による事が大前提で、先頭圧迫の丁字関連部分は不変です。陣形保持が一斉回頭唯一から逐次回頭併用になって変わった部分があります。もう一つは乙字との関係で、『海軍基本戦術第二編』の正撃、奇撃関連で、被害の大きい正攻法の主隊一戦隊の力攻の保持、持続の要求で、この間に二戦隊に乙字による奇撃をさせようとしたのですが、二戦隊は逃げたのです。乙字は不成立でした。
[ 2012.06.14(Thu) 20:47] URL | 北澤法隆 #- | EDIT |

日本海海戦後の明38,9,1の2艦隊瓜生司令官の3戦隊戦策の戦法は丁字戦法基本です。日露戦後の海戦要務令も1次大戦時の遣米枝隊の戦策も丁字戦法を堅持しています。木村勲『日本海海戦とメディア』掲載の明38,6,30東京朝日掲載「日本海海戦談(聯合艦隊参謀某氏)」の図説は用語の秘匿もなく、丁字戦法の要諦を余す所なく開示、解説しています。通常、恥ずかしくて見せられないものを秘密とし、優れたものは見せびらかします。
[ 2012.06.14(Thu) 21:28] URL | 北澤法隆 #- | EDIT |

不毛な議論ではないかという私の具申は読まれなかったのか、読めなかったのか、読んだ上で無視されているのか存じませんが、そんなに持論を披露したいのであればご自分でサイトなりブログなり開かれたらどうですか?
BBSを使って半藤氏なり戸高氏なり、その手の専門家同士で公開討論した方が余ほど建設的でしょうし、我々一般の海軍ファンもその方が興味があります。

>勝利を得させた鍵が、斜め同航射撃の不正な丁字戦法でした
>交角48度以下、マージン含みで計画30度、実際10度でした。
交角10度も丁字戦法と仰るのなら、日本海海戦に限らず、同航戦で戦われた歴史上の色んな海戦が丁字戦法になってしまうと思うんですが…。

>敵の逃走等を考慮する、その外方の距離でのこととは、無関係です
丁字戦法が逃走阻止を目的としている、などとは私は一言も書いていませんよね。
東郷ターンと丁字戦法を混同しているのは、あなたの方ではないですか?
露艦隊と反航戦をすればウラジオに逃げられる可能性があった、だから東郷ターンにより同航戦に持ち込んだのだろう、と私は書いています。

>日露戦後の海戦要務令も1次大戦時の遣米枝隊の戦策も丁字戦法を堅持しています。
丁字戦法が「理論上は」優れていることは否定しませんから、海戦要務令に記載があっても不思議とは思いません。
しかし実用性という点では、主力である第1艦隊が戦策に採用していないことからも疑問の余地ありですね。
あと、遣米枝隊が堅持していたから何なんですか? 臨時編成の部隊ですよね?
その一事をもって「一次大戦の戦策も丁字と乙字です」などと、まるで日本海軍全体が戦策としているかのような書き込みをしていたんですか?

>用語の秘匿もなく、丁字戦法の要諦を余す所なく開示、解説しています。
海戦要務令は軍機図書ですよ。
逆説的に、余す所なく開示・解説されてしまった丁字戦法の要諦は、日本海軍にとって重要ではなかったのでしょう。

>通常、恥ずかしくて見せられないものを秘密とし、優れたものは見せびらかします。
どこの国の通常ですか。
長門型が26ktで走ったり大和型が46cm砲を搭載したのは恥ずかしくて秘密にしたんですか?
自衛隊の海賊対処作戦計画って「秘」文書なんですが、あれも恥ずかしくて公開できないんですか?
世界から軍事機密が消えてなくなりますね。
[ 2012.06.23(Sat) 18:29] URL | 大和甲型 #NKwY6NnY | EDIT |

大変、詳細な分析・議論に感服いたします。
東郷ターンは、ウラジオへの回航がロシア艦隊の目的であるため、相手も望むであろう反航砲戦に入る態勢と見せかけて、直前でその予見を裏切り、同航砲戦を強要したものと考えます。反航砲戦では一回限りの接触で逃げ切られますから、ロシアはそれがよい。日本艦隊にとっては犠牲をはらっても、ここで執拗に決戦を望む必要があったでしょう。ターンは早すぎれば、ロシアは取り舵回頭してウラジオストク方面への最短逃走針路をとったでしょうから、まんまと逃げられるか、逆に丁字態勢で大敗したかもしれない。ロシア艦隊が取り舵回頭するタイミングを遅らせて、かつ、勝機を餌にぶら下げることで積極的に同航の針路にもっていくことだったと考えます。ロシアにとっては、一瞬丁字態勢があいてからもたらされたようなもの。しかし、そのタイミングを掴みきれなかったら、そのわずかの後に日本艦隊に絶好の丁字態勢が出来上がる。これは、多分結果としてそうなったにちがいない。なぜなら、意図した丁字はそう簡単に完成しない。相手も読むからだ。読めない・逃げられないところまで彼我の態勢を追い込んでどちらが有利な態勢を掴むかは運で゛あっ多可能性が高い。そのリスクをもってしても、ロシアを何段階もの戦術で暫減しようというのが当初の作戦だったと理解しています。幸運にもその第一段階で運は日本側に転がり込んだ。もし、ロシア艦隊が遠征の疲労もなく錬度も高く維持され、完璧に艦隊の運動を制御できたなら、そうは簡単に丁字の餌食になどならなかったと思われます。丁字による効果より、実際には同航砲戦に入った後の射撃精度、士気、艦隊運動の継続的な維持ができたことなど基本的な技量と総合的な指揮能力の差が決定的だったのではないでしょうか。
[ 2012.07.14(Sat) 16:28] URL | kenji #- | EDIT |

pcの使えない所から戻りました。大和甲型さんの自己紹介で同業である事を知りました。それなら、話は早いです。海戦百周年準備で我が広報誌mamoruの前身securitarianでキャンペーンを組み、2002年11月号では、私が担当で、東郷ターン、丁字戦法の実施状況と、連繋水雷攻撃の事前中止を明示しました。内外からの多くの反論を期待し、待機していたのですが、皆無で、防衛庁内では定説として、認定されたものと認識しています。全て文献の裏付けが存在しています。
その後防衛省内でもNHKでもこれらを否定できるような新事実の情報はありません。海戦要務令(海軍戦闘要務令)は海軍全体に関するもので、対象は各級指揮官です。各級指揮官とは、大、中将の艦隊司令長官、少将の戦隊を指揮する艦隊司令官、大、中佐の隊司令、艦長等で1艦隊でも出戦する場合は長官は丁字、乙字戦法に基づく戦策を策定しなければなりません。
[ 2012.07.27(Fri) 20:49] URL | 北澤法隆 #- | EDIT |

re1170-2/決戦は必ず斜め同航射撃で行い、斜め反航射撃で行うことはありません。同航射撃の方が効率が良いからです。日露海戦の戦策には、敵と同等の決戦、斜め同航射撃用の海戦直前の戦策、初瀬、八島喪失後の劣勢時の斜め反航射撃用の黄海海戦時の戦策、旅順、浦塩支隊撃滅後の同等の決戦、斜め同航射撃用の日本海海戦の戦策があります。黄海海戦までの戦策は、嶋村参謀長、水雷屋の秋山参謀体制下で、丁字戦法についても、一部観念的な表現が存在します。日本海海戦の戦策は、鉄砲屋の加藤友三郎参謀長、秋山参謀体制下、不正な丁字戦法による斜め同航射撃時の実戦を担当する鉄砲屋用の、具体的な、観念的な表現を排除した内容のものとなっています。戦策の内容の変化は、戦術が変わったのではなく、参謀長が鉄砲屋に変わり、砲戦用に、より理解が容易な具体的な表現に改められた、と見ています。明治37年1月下旬、子隊の艦隊や戦隊の戦策が出されますが、秋山参謀の表現の不備、不足部分はこれらの戦策で、補備修正されています。鉄砲屋の加藤2艦隊参謀長がいた、2艦隊、2戦隊の戦策の表現が、後に聯合艦隊参謀長となった加藤の日本海海戦の聯合艦隊の戦策と重複していることが、この見方の根拠です。弾丸を打ったこともない秋山の表現は、気持ちは理解できますが、現実に弾丸を発射する場合には、戦術運動についても、もっとキメの細かさの配慮が求められます。re1170-3/不毛でない議論は、同じ土俵の上でなされます。同じ土俵とは、キチンとした、まともな史資料を根拠として使うということです。アジア歴史資料センター、閲覧、防衛省防衛研究所、海軍省公文備考類、戦役等、日露、311戦策や、358聯隊機密等は、自宅パソコンですぐ閲覧、プリントアウトできますので、大いに活用されて下さい。宝の山です。また、CINII(国立情報研究所、掲載情報)や関連学会のサイトで『海事史研究』、『軍事史学』、『波涛』(旧海幹校評論)等、先人の研究成果を吟味されて下さい。平家物語の那須与一が鏑矢で白拍子の掲げる扇を射落とした話は御存じですね。丁字戦法が実行できる、ロシア艦より優速の我が列艦は日清戦争の前から建造を始めていました。対馬で劣速の露国海軍は壊滅しました。壊滅した海軍を再建して丁字戦法で我が海軍を負かすのには、少なくとも数十年はかかります。あまりにも喜び過ぎて戦時中に丁字のエッセンスをバラしてしまっても実害は無いでしょう。むしろ、秋山も述べているように、古来別段新奇でもなく、私は、群れで狩りをする、犬科や猫科の群れが備える狩りの常套手法を戦術に転換採用した、これをやらないと、餌にもありつけない、これ無しで戦えば必ず負けを喫する類の必須の戦術と理解しています。やれるのなら、やってみて御覧なさい、そして、勝って御覧なさい、の気分です。
[ 2012.08.01(Wed) 21:29] URL | 北澤法隆 #- | EDIT |

初めまして、管理人の大和甲型です。

>ウラジオへの回航がロシア艦隊の目的であるため
そうなんですよね。
露艦隊にとって対馬は決戦海面じゃなくて、ウラジオ艦隊と合流することが大前提でした。だから、日本艦隊と全滅を賭けて戦う理由などなくて、できれば損害が出る前に逃げたかったのが実情でしょう。
しかし、それでは困るのは日本海軍の勝手な事情であって、言うなれば日本海軍は如何にして露艦隊を自分の我が侭に付き合わせるかという問題に直面し、その答えが東郷ターンだったように思えます。

>丁字による効果より、実際には同航砲戦に入った後の射撃精度、士気、艦隊運動の継続的な維持ができたことなど基本的な技量と総合的な指揮能力の差が決定的だったのではないでしょうか。
交角10度では浅すぎて、当初期待したような丁字による効果は得られなかったんじゃないでしょうか。
仰るとおり、その他のソフト的ハード的な面で総合的に日本海軍が優れていたことは否定できないと思います。
日本海海戦の勝利は、様々な幸運に恵まれた上での、純粋な同航砲戦によるものと考えます。
[ 2012.08.19(Sun) 23:54] URL | 大和甲型 #NKwY6NnY | EDIT |

貴方は「会話」をする気がないのでしょうか。
ご自身に都合の悪い事項は読まない・気にしないで、主張ばかりなさる。
返信のために時間を割くのが馬鹿らしくなります。
もう書き込んで頂かなくて結構ですよ。
しかし、どうしても言わずにおれない点があるので、最後に二つ三つ述べます。

>防衛庁内では定説として、認定されたものと認識しています。
とんでもない暴論ですね。
対面してのディベートならともかく、出版物に対して反論がなければ総員賛成なんて本気で仰っているのでしょうか。
まず、公文書でもない単なる広報誌の一記事を、27万人の防衛省職員(自衛官・事務官等)全員が認知しているという認識が誤りです。
また、現場部隊は実任務や訓練などで多忙を極めます。研究職の貴方と違い、反証論文を書き上げる手間と時間を、総員がかけられる訳ではありません。
「反論が皆無」というのは、「当該記事を読んだ者で且つ反証する時間的金銭的身体的余裕のある者」という限定的な範囲で同意が得られたに過ぎないのではないでしょうか?
戦史叢書など公刊戦史の記載を防衛省の公式見解と表現するならまだしも、広報誌の記事が「防衛庁内で定説」とは成り得ません。

>不毛でない議論は、同じ土俵の上でなされます
全面的に同意いたします。
どうぞ専門家同士で議論なさってください。
私は同じ土俵でやり合うつもりはないので、ここでの議論は不毛であると、もう3ヶ月前から言い続けております。

>自宅パソコンですぐ閲覧できますので、大いに活用されて下さい
私はネット契約をしておりません。
帰省した時や、自宅では携帯電話から書き込んでいます。
最初に「私は気軽に一次資料に当たれる立場になく」と書いたのは、そういう意味です。
もちろん防衛研究所に直接出向けるような場所にも居住していません。

>キチンとした、まともな史資料を根拠として使うということ
一次資料の重要性については口を挟む余地もありません。
しかし、私の目にした著作物がキチンとしてない、まともじゃないという決めつけは如何なものでしょうか。週刊誌やゴシップ誌を読んでいる訳ではありません。
ご自身の著書や賛同する諸氏はキチンとしていて、相容れない者はまともではないなどと、ただのレッテル貼りであり思考停止に思えます。

私は過去コメントの中で何度も、丁字戦法を否定した著作物の著者の名前を挙げました。
筆者を失念しましたが、「世界の艦船」の日本海海戦百周年特集でも、詳細な分析が述べられています。
また、「坂の上の雲」ドラマ化に伴う昨今の出版物でも、丁字戦法に対する賛否「両論」が記載されています。
貴方がこれらをまともでないと無視するのは勝手ですが、私が(貴方の著書を含め)貴方の提示する2次資料をどう判断するのかも同レベルで勝手なのです。
ですから、その手の著作者同士で直接議論する方が建設的であり、私のような個人に対する執着は不毛だと申しているのです。
あとは、サイトなりブログなり開設して、そこで持論を披露なさって下さい。
それで反論のコメントもメールも来なければ、「ネット界では定説として、認定されたものと認識」していれば良いんじゃないですか?
[ 2012.08.20(Mon) 00:07] URL | 大和甲型 #NKwY6NnY | EDIT |

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