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やっちまったw 

2006年05月16日 ()
標的艦「土佐」

なんだかんだで徹底的に分解してしまいました。いや、後檣の撤去までは予定していたんですが、気付いたら「反りの矯正だ」とか言って艦底板まで剥がすはめにw
あと、副砲も砲身を新造するために撤去。主砲、対空火器類も一時撤去。
武装解除に加え、下手にウェザリングされてる分、何か標的艦のような雰囲気を醸し出してますねー。やはり「土佐」は廃艦処分になる運命なのかw(*1)

木目を彫ってみたw

リノリュウム甲板を引っぺがして木目モールドを彫ってみました。矢張り戦艦はこうでなくてはw
しかし、工期短縮のためフリーハンドで彫ってしまい、一部が等間隔になってません。塗装で誤魔化すか。何も彫らないよりは数倍マシな訳ですしw


竣工時の伊勢型に萌えろw

さてさて、昨日の話しと前後しますが、同世代と言うか準姉妹(*2)とも言える戦艦揃い踏み。奥から、分散配置の「山城」、中央部砲塔を背負い式にした「伊勢」、後部集中配置の「土佐」。
それぞれ三番、四番主砲塔の配置を思考錯誤してるのが見て取れるかと。
こうして見ると、扶桑型は欠陥だの何だのと言われてますが、それは設計技量に起因するものと言うより、単純に六砲塔という数に他砲塔化の限界があったのではないかとも思わされます。いや、真の限界は「HMS.エジンコート(*3)」な訳ですがw
結局、多砲塔には多砲塔のメリットがありましたが、艦体の肥大化とレイアウトの複雑さ、そして必然的に多発するトラブルは、それで補えるほど軽微なデメリットではあり得なかったと。
ここら辺で日本軍も三連装砲塔(*4)を採用していれば、日本建艦史もまた違った様相を呈していたでしょうね。

(*1)…史実の戦艦「土佐」は加賀型の二番艦であったが、ワシントン条約により破棄が決定。射撃標的艦として海没処分される事となった。この砲撃実験にて水中弾の効果が確認された事が、後に九一式徹甲弾の開発へと繋がる。

(*2)…戦艦「山城」は扶桑型の二番艦であり、「伊勢」は元々は扶桑型の三番艦として建造される予定であった。しかし、予算獲得の遅延により建造自体も遅れ、設計も改良されて改扶桑型とも呼べる準同型艦となった。「土佐」も設定上では、改扶桑型となっている。

(*3)…甲型工廠の常連さんはご存知と思うが、世界再多砲塔を持つ英戦艦。30.5cm連装砲七基十四門を持つ。船体サイズは扶桑型より一回りほど小さいながら、写真を見る限り、その威容は三万トン級戦艦のそれを凌駕する。詳細は甲型工廠内の戦闘詳報を参照のこと。

(*4)…金剛型は計画段階で三連装砲塔の採用が決定しており、少なくとも大正時代には、日本海軍は多連装主砲への関心を持っていた。が、結果として、三連装砲塔の登場は最上型まで実現する事はなかった。
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[2006.05.16(Tue) 22:09] 艦船模型Trackback(0) | Comments(0)
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