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伊勢型空母の搭載機について考察してみる 

2006年06月13日 ()
戦艦「伊勢」が空母に改造された場合、その搭載機の構成はどうなったであろうか。
推察しようにも、手元にある資料は「飛行甲板長210m、幅34m、搭載機54機」という当時の試算だけである。
ちなみに、甲板長210mは伊勢型・扶桑型戦艦を改造した場合の数値で、金剛型・長門型を改造した場合は220mを見込んでいたようだ。まぁこの際関係ないが。

さて、先ず前記の試算で注目すべきは、飛行甲板サイズだ。
甲板長210mというのは、当時想定されていた次期主力艦載機を運用できる必要最低限のサイズとして航空本部(以下、航本)が要求していた数値であった。ここで言う次期主力機とは十七試艦戦(後の烈風)と十六試爆兼攻(後の流星)である。
つまり、「伊勢」空母化の前提として烈風、流星の運用があったのはではないかと推測できる。
これは、ミッドウェイ海戦直後の主力艦空母化計画と同時期に航本が提唱した、戦時急造空母の搭載機が同じく烈風、流星で占められていた事からも可能性が高いのではないか。

また、そうであるとすれば、搭載機の編制はどうなっていたであろうか。
前記の戦時急造空母の場合、烈風24機、流星24機、彩雲6機の合計54機が計画されていた。偶然か必然か、空母「伊勢」の搭載機も54機であり、もし必然であったとすれば、「伊勢」の搭載機は戦時急造空母の影響を多分に受けていた事になる。勿論、搭載機の構成も艦戦24、攻兼爆24、艦偵6になったであろう。
ただし、ここで考慮すべきは、この戦時急造空母案は航本が提出した一案に過ぎず、しかも廃案に終わっている点である。そんな一時の試案が、他の整備計画にまで影響を及ぼすだろうか。

ちなみに、この半年後であるが、昭和十七年末の航本報告書では改一三〇号型(改大鳳型)の搭載機を艦戦18機、攻兼爆36機、艦偵6機と試算している。
ここで注目すべきは、搭載機の比率が艦戦:攻兼爆=1:2となっている点で、前述の急造空母案で艦戦:攻兼爆=1:1だったのと対照的である。

さて、試算ばかりでは実証的説明が不完全なので、一旦、実戦部隊の搭載機構成にも目を投じてみよう。
ミッドウェイ海戦前(開戦?昭和十七年六月)、第一航空艦隊(一航艦)主力空母の戦爆(攻)比は概ね1:2であった。例えば、翔鶴型や蒼龍型、赤城では艦戦21機、艦爆21機、艦攻21機というのが一般的である。これがミッドウェイ海戦の戦訓を取り入れた同年八月では、翔鶴型の例では艦戦27、艦爆27、艦攻18と戦闘機が増勢され、戦爆比1:1.5強となっている。ミッドウェイ海戦で、直掩機の不足を露呈した事に対処する形だ。
そして、この戦爆比1:1.5は、艦爆と艦攻の比率を変えながらも、艦戦との搭載比と言う意味ではほぼそのままの形で、機動部隊が実質的に消滅する昭和十九年十月まで維持されるのである。
ここでまた試算の話に戻るが、この昭和十九年十月の報告書では、航本は飛龍型(雲龍)の搭載機を艦戦18、攻兼爆24、艦偵3としており、また飛鷹型のそれを艦戦24、艦攻24と算出している。

これらの事実を踏まえると、なるほど、確かに最初に検討した艦戦24機、攻兼爆24、艦偵6という数字は、現実味を帯びてくるのではないだろうか。
よって、空母「伊勢」の搭載機は、烈風24機、流星24機、彩雲6機の計54機であったと結論したい。

…と思ったら、自分で敷いた伏線を回収し忘れていた。昭和十七年十一月の航本による「現状報告資料 建造中の空母」にある新鋭空母群の搭載数についてである。(本文中では改一三〇号艦の搭載機について引用)
この報告書では、建造中の正規空母について、その搭載機種と搭載数について算定されており、概ね以下のようになっている。(但し、補用機は省略)
三〇二号型(雲龍等)  :艦戦12、艦爆27、艦攻18(艦戦:艦爆攻=1:3.7)
改三〇二号型(生駒等):艦戦18、艦爆27、艦攻27(艦戦:艦爆攻=1:3)
一三〇号型(大鳳型)  :艦戦18、艦爆18、艦攻27(艦戦:艦爆攻=1:2.5)
この編制は、実際に実施されていた編制(艦戦:艦爆攻=1:1.6)を考えると、その方向性からして違うように思える。
これが単なる試算に過ぎないのか、それとも航本なり軍令部なりの運用指針をある程度背景としているのか、私には分からないが、もし後者だとすれば中々興味深い。この時点で軍令部は、十九年以降に竣工する新鋭空母群について、従来の空母とは異なる運用を期待していた事になるからだ。(まぁ、異なると言うよりは、新空母を主力、従来のものを補助と位置づけての編制なのかも知れないが。)
ごく簡単な推論を並べるとすれば、翔鶴型、並びに中小補助空母の高速艦爆による先制攻撃で敵空母の飛行甲板を破壊し、航空戦力を封殺。新鋭空母群から発進した雷爆連合にて徹底的に殲滅と言ったところか。これならば、戦闘機の比率が少ないのも説明できるだろう。

うむ、しまった。風呂敷を大きくしすぎてたためないぞこれ。
伏線など敷かずに、艦戦24・攻兼爆24で結論しておけば良かった。
ごめん、下のほう忘れてくれ。勉強不足だったorz
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[2006.06.13(Tue) 20:15] 艦艇の話Trackback(0) | Comments(0)
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