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大正時代の艦橋装置 

姿を消して早三日。ちゃんと生きてます。
いや、リアルに死んでたら朝刊一面を飾っちゃうから報告するまでもないんだけどさw

…今、お前なんか一面になんねーよとか思った人は実に冷静な人だ。いつまでもその沈着さを忘れないでいて欲しい。

まぁ、そんな戯言はどうでも良いんですが、先週同様またしてもレポート漬けです。これほどまでに理工系であることを後悔する瞬間もない。


ところで、またしてもツンデレイモウト巡洋戦艦の建造を妨げかねない大問題にぶち当たったんですが、誰か助けて下さい。
先日の製作記で、艦橋については後は細部をディティールアップすれば良いだけとか言っといて、艦橋の細部が分かりません。

大正時代の戦艦の艦橋、特に羅針艦橋とか檣楼司令所ってどうなってんですかね。
写真や資料など漁ってみて、羅針盤、テレグラフ、伝声管、航海用小型測距儀、海図台までは何とか見当がついたんですが、その他、改装後にはよく見られる探照燈管制器、見張り方向盤、見張り用双眼鏡、天測用羅針儀などは竣工時から搭載されていたものなのかどうか。まぁ天測羅針儀くらいは航海用具としてあったろうと思うんですが、ではその数は? どこらへんに?
写真を幾ら見てもこの辺が分からないです。つーか、写真自体が少ないですw
たぶん、探照燈管制器とか見張り方向盤は改装後なんじゃないかと思うんですが、問題は双眼鏡です。改装後には防空指揮所や各見張り所にずらり並んでる印象の強い本装備。しかしながら、大正時代に防空指揮所や見張り所はなく(見張りはしてたでしょうけど、それ専用のスペースが見当たらない)、そもそも艦載用大型双眼鏡の国産は大正十五年(昭和元年)からなので、輸入品を装備していたのか、もしくは見張り員が東郷長官よろしく小型双眼鏡を携行していたのか。
分からないことだらけです。
でも、この時代の戦艦ってこういう小物を無視すると、艦橋が本当にスカスカになっちゃうんですよね。うーむ。
どなたか資料お持ちの方、または良い資料をご存知の方、ご一報頂けると嬉しいです。

…不二美術の図面集って竣工時もちゃんと載ってんのかなぁ。

(2007.10/25 0646追記)
レポート途中で寝落ちしちゃったけど、先週より更に酷い状態なのでほぼ諦めモードです。いや、ほら、先週はまだ八割方できてたから頑張れば間に合うぞってレベルだったんですが、今週はまだ三割くらいしかorz
いい加減、零時以降も起きてろよと。徹夜耐性なさすぎw

途中で提出より、仕上げてから遅れて出す方が減点少なそうなので、その線で行こうかなぁ。もうダメポ。
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[2007.10.24(Wed) 23:59] 大型軽巡「秋葉」Trackback(0) | Comments(2)
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by 蒼月乃光
あまりこだわり過ぎちゃうと完成しなくなっちゃうよ
ある程度妥協せんとな~(苦笑

by 大和甲型
むぅ、矢張りそう思いますか。
未完になるくらいならデッチアップするかなぁw

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あまりこだわり過ぎちゃうと完成しなくなっちゃうよ
ある程度妥協せんとな~(苦笑
[ 2007.10.26(Fri) 22:04] URL | 蒼月乃光 #- | EDIT |

むぅ、矢張りそう思いますか。
未完になるくらいならデッチアップするかなぁw
[ 2007.10.27(Sat) 08:50] URL | 大和甲型 #NKwY6NnY | EDIT |

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