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主砲14門の弩級戦艦 

2014年09月18日 ()
HDD漁ってたら、ウェブサイト時代の落書きが出てきたので再掲載。
大英帝国海軍の誇る弩級戦艦「エジンコート」の紹介です。

またどうでも良い話をするが、皆さんは「エジンコート」と言う軍艦をご存知だろうか。
第一次大戦期の英国の戦艦で、ワシントン条約で破棄された旧式戦艦の一隻であるから余りメジャーではなく、私も世艦増刊「大英海軍の栄光と黄昏」(なんちゅータイトルだ)でその姿を見るまで存在すら知らなかった。

さて、そんな「エジンコート」だが、その経歴は中々面白い。
この戦艦、結果として英国海軍に艦籍を置く事となるが、元々はブラジルがアームストロング社に発注した戦艦だった。
当時ブラジルは、アルゼンチンとの建艦競争をしている最中であり、何としても南米最強戦艦を手に入れたい一心でこの戦艦を発注したのである。この時の名を「リオ・デ・ジャネイロ」と言った。

当時は既に超弩級艦時代であり、ブラジル側の要求も当然、大口径砲を備える大型戦艦だった……が、しかし! これの内容が凄い。
三案ある中の一案だが、40.6cm砲八門、23.4cm砲六門、15.2cm砲十四門を混載する超準弩級戦艦とでも呼ぶべき異色の戦艦なのである。しかも、まだ金剛型(36cm砲)すら建造されていない時期――つまり、主砲が30cm砲から34cm砲に移行している正にその時に、一気に40cm砲を載せようと言うのだから、もし完成すれば南米最強どころか世界最強の準弩級戦艦が誕生していたのだ。ブラジルとは恐ろしい国である。

だが、これは独クルップ社の横槍で実現しなかった。当時、他国に戦艦を売りつける事は超高額なビジネスだったので、各国各社は自分の戦艦が売れるように色々とセールスしまくっていたのである。
クルップ社は、アルゼンチンに対抗するのに40.6cm砲は過大と断った上で、
「クルップの30.5cm砲は優秀なので列強にも十分対抗できる」
「その上、30.5cm砲は小型安価で既成艦とも弾薬を共有できるから経済的」
「我が社なら英国よりも早く安価に戦艦を建造できる」
等と売り込みまくった結果、財布が気になりまくっていたブラジル海軍大臣は簡単に納得してしまい、クルップ社と契約する方向へ話が流れてしまう。
これを聞いたアームストロング社側は、冗談じゃないとブラジルにセールスマンを送り込み反撃する。確かに主砲は30.5cm砲でも十分と言いつつ、
「アームストロングの30.5cm砲の製造数は世界一であり、確かな実績がある」
「ブラジルの既成戦艦は英国製であるから、弾薬の共用も更にし易く更に経済的」
「我が社なら、30.5cm砲十四門を備えた、安価かつ世界最大最強の戦艦を建造できる」
と売り込んだ。
これが功を奏し、「世界最大最強戦艦」のフレーズに満足したブラジルは契約を交わし、いよいよ建造が開始されるのである。
が、進水を終えた直後にブラジルの経済が暴落。債務を払えなくなったブラジルは「リオ・デ・ジャネイロ」を世界市場に売り出す事となった。ひどい話である。

さて、これに目を付けたのが、互いに熾烈な建艦競争をしていたギリシャとトルコである。
しかし、どちらも財政は厳しく、結局は睨み合いをせざるを得なかった。ここで、何としても新戦艦を手に入れたかったトルコは、フランスの銀行から融資して貰い、遂に「リオ・デ・ジャネイロ」の所有権を獲得する事に成功した。
こうして、再び艤装岸壁に据えられた「リオ・デ・ジャネイロ」は「スルタン・オスマン1世」と改名され、トルコ仕様の艤装工事が始められた。

が、事態はまたも急変。英独の対立が深まる中、第一次バルカン戦争の影響からトルコ国内で親独派が台頭し始めたのだ。
当時、英海軍大臣だったチャーチルは、これに大変な不安を覚えた。既に公試運転を終えた世界最大の戦艦が、トルコを経由してドイツ帝国に渡るのではないか。英独の弩級艦保有比は24:17であって、まだまだ安心できるような戦力差ではない。
そう思っていた矢先に、ドイツがフランスに対し最後通牒を突きつけた。「オスマン1世」竣工の二日前である。
これを受けたチャーチルは即断。「オスマン1世」に乗艦していたトルコ人を強制退去させ、なんと竣工・引渡しの前日になって海兵隊によって取り押さえたのである。それは、ドイツがロシアに宣戦布告した日であり、英独開戦の三日前だった。

こうして、英海軍に接収された「オスマン1世」は「エジンコート」と名を改め、ようやく母港を得たのである。
が、国庫を投げ打って買い取った新戦艦を一方的に奪われれたトルコは、当然のように怒り狂った。ついでに言うと、トルコは英ヴィッカース社に発注していた超弩級戦艦「レシャド5世(金剛型のタイプシップらしい)」も同様の理由で英海軍に接収されていた。これもひどい話である。
そこに来てドイツ海軍は、開戦によって地中海で立ち往生していた新鋭巡洋戦艦「ゲーベン」を、巡洋艦のオマケまで付けてトルコに無償で譲渡したのだ。英国による戦艦接収で憤慨していたトルコは、諸手を挙げてドイツに接近、とうとう同盟国側に立って第一次大戦に参戦してしまうのである。
こうしてドイツは、対露戦にとって極めて重要な戦略拠点、ダーダネルス・ボスポラス海峡を手に入れることに成功し、英国は二戦艦を接収した事が却って仇となってしまったのであった。

<<完>>

イギリスは他人の物を横取りした為に痛い目に遭うとゆー、童話のようなホントの話でした。(まぁ、それは主題じゃないんだけどね

ちなみに言うと「エジンコート」は、かのジュトランド沖海戦にも参加し、敵艦と砲火を交えてます。立派に戦っとる訳ですな。
あと、世界最大のタイトルは、「エジンコート」竣工の一年後に、我らが戦艦「扶桑」によってあっさりと塗り替えられてますw
ただし、主砲塔七基十四門の火力(数だけですが)は未だに健在で、この記録は破られてませんw
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[2014.09.18(Thu) 21:48] 艦艇の話Trackback(0) | Comments(0)
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