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艤装品の表現 その6「舷灯」  

航海灯を始めとする法定灯火の取り扱いは、航海科の所掌とする所である。
その立場から見て、多くの艦船模型の作例に違和感を覚える点があった。
左右舷灯台の隔板の塗色である。
第6回は、この舷灯台隔板の塗色について詳述する。
大和
(大和ミュージアム 1/10戦艦「大和」)
長門
(大和ミュージアム 1/100戦艦「長門」)

なお、今さら説明の要はないかも知れないが、航海灯とはマスト灯、右舷灯、左舷灯及び艦尾灯で構成される海上衝突予防法の規定する法定灯火である。
マスト灯及び艦尾灯は白色、右舷灯は緑色、左舷灯は紅色の灯火を使用する。
しばしば誤解されるが、航海灯は軍民を問わず使用する一般的な灯火であって、夜間の戦術運動に使用される信号灯火とは別物である。
従って、戦時下では灯火管制の対象となり、目標の動静判定に利用されることはない。

ここ数年、舷灯台を再現する作例が急速に増えた気がするが、前回の救命浮環と同じく色味のアクセントとして存在感が大きいからだろうと思う。
しかし、自衛艦を見学した方はご存知と思うが、舷灯台の隔板は紅緑の塗装ではなくツヤ消しの黒色である。
いずも
(護衛艦「いずも」)
そもそも、舷灯は舶用電球を収めた灯体のガラス面に着色がなされ、これが灯色を変化させている。
日向
(大和ミュージアム 戦艦「日向」舷灯ガラス部)
隔板の色で灯色を変化させている訳ではないのである。
従って、隔板が紅緑色である必要はなく、現在では自衛艦、巡視船、商船や外国軍艦も遮光のため隔板を黒色に塗っている。
さわゆき
(護衛艦「さわゆき」)
うらが
(掃海母艦「うらが」)

では、日本海軍艦艇についてはどうであろうか。
舷灯が写っている日本海軍艦艇の写真を調べてみたが、モノクロ写真では塗色を断定できなかった。
強いて言えば、舷灯台隔板と煙突頂部の黒色とを比較すると、確かに色調が違うようである。
雪風
(駆逐艦「雪風」 世界の艦船から引用)
僅かに残されたカラー映像では、残念ながら舷灯は確認できなかった。

現存する艦艇としては横須賀の記念艦「三笠」があるが、この舷灯台隔板は紅緑色に塗られている。
三笠
(記念艦「三笠」)
しかし、これは戦後に幾度となく塗り直されたものであり、保存会の方曰く、塗色は当時をイメージしたものに過ぎないとのことで、一次資料たり得ない。
なお、大河ドラマ用に建造された原寸大レプリカの「三笠」の隔板は黒色であったようだ。

さて、こうなると当時の色彩を知る手段は、海軍時代に描かれた絵画くらいである。
中でも進水絵はがきは、海軍お抱えの軍艦絵師の手により海軍公式の刊行物として製作されており、その資料的価値は高い。
という前提で調べてみたところ、巡洋艦「熊野」や駆逐艦「天津風」の進水絵はがきで、紅色(又は緑色)に塗られた舷灯台隔板を確認できた。
「不知火」や「島風」など、一部では隔板が黒く描かれているが、黒色塗装なのか影になっている表現なのかは判断しかねる。
海軍時代は、紅緑色に塗装していたと考えて良いだろう。

では、海上自衛隊ではどうだったか。
実は戦後すぐの頃は、日本海軍に倣い紅緑色に塗装されていた。
みねぐも
(護衛艦「みねぐも」 世界の艦船から引用)

これが、いつ頃から現在のような黒色塗装へと変わったかというと、昭和44年10月施行の「艦船等の塗粧及び着標に関する達」による。
同達では、「第4条 げん灯台隔板内側の塗色は、黒色(つや消し)とする」こと及び「附則3 げん灯台隔板の内側の塗色については、改正後の第4条の規定にかかわらず昭和45年1月16日までの間、なお従前の例によることができる(抜粋)」ことが謳われており、昭和44年以降の新造艦は黒色とし、遅くとも昭和45年までには既成艦も塗り直すよう指示されている。
かとり
(練習艦「かとり」 世界の艦船から引用)
しかし、これが現場に徹底されるまで実に8年を要しており、昭和52年の秋まで紅緑色塗装の舷灯台隔板が残っていたようである。
特に昭和45年以降に就役した潜水艦救難艦「ふしみ」、護衛艦「みくま」「あおくも」「はるな」「あきぐも」「ひえい」が紅緑色塗装であったり、黒色塗装で就役した「かとり」が昭和51年には紅緑色に塗り直していたりして、現場の状況が窺い知れる。
なお、最後まで紅緑色塗装のままだったのは、護衛艦「たかつき」である。
昭和53年以降は、全艦が黒色塗装に統一されている。

 <余談>
今回、これを調べるために「世界の艦船」創刊号から20年間分、約240冊のカラーページを全てチェックするという力技を発動した。
まぁ、最初の5年くらいは全ページ白黒印刷で、10年目くらいから巻頭2ページがカラー化された程度で、今のカラフルな構成からすると考えられない。
それだけカラー印刷が高価だった時代であり、その時代の自衛艦のカラー写真を探すということが如何に困難であるか、その上で長い歴史を持つ「世艦」の存在が如何に大きいかを思い知らされることとなった。
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[2015.09.22(Tue) 23:59] 艤装品の表現Trackback(0) | Comments(0)
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